不定期俺日記ver.2

何というか適当に。



『昨今どうよ』

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  • 2006年08月17日自戒として

  • 物事をカテゴライズ(ジャンル化とも言うか)することで対象を理解した気になるのは馬鹿のすることだというのは、ずっと昔から言われてきたことだよなー、とか。
    その中でももっとも馬鹿なのは、既存のカテゴリに対し、自分のカテゴリ名を与えて「既存を自分のものにしようとする」カテゴライズだよなー、とか。

    何故そんなことをするのかと言うと、理由はいくつも出てくるものではありますが、「既存を自分のものとする」ことで得られる効果や権益を、やはり自分のものとしたいからだよなー、とか。
    たとえば自分が時代遅れになっていると気づいたとき、既存カテゴリに自分カテゴリを与えることで”捉え直し”を行って心の安全を手に入れたり、既存カテゴリを自分カテゴリ化することで既存カテゴリ自体の”捉えられ方”をリセットし、若い人達と並ぶ、もしくはそういうことが出来るところをみせることで若い人達に対して中身のないアドバンテージをとろうとする、とか。

    ゲームの広告でたまにありますわな。「○○感覚●●ゲーム」とか「○○的ファンタジーRPG」とかいうのが。
    そりゃ普通のゲームですだよ。表面部分が違うだけで。
    本質部分は全く変わっていないし、本質部分が変わっていたら、全く別のジャンルになるわけだから。
    だから大カテゴリ(ジャンル)としての枠に納めていたものを、その大ジャンル名称では”厳密には違う”みたいな物言いで、少々の区分けを行い「自分のカテゴライズを作成」するわけで。
    でもよく考えると解りますが、この区分けによる新カテゴリ分けを行ったが最後、同レベルの分け方を必要とする対象には全て同じような区分けカテゴライズを行わねばならないわけで。
    それをやると追いつかないから、大カテゴリの枠を設けていたのに、区分けする側は”区分け先のもの”しか見えていないから、他全てのものを無視して、自分の区分けだけをやって喜ぶことになる、と。

    今、いろいろ準備している最中だから気をつけたいところで。
    少なくとも、本質が変わることがないものに対し「これを~というジャンルと名付けよう」などと、虚構のカテゴライズを行って自分が大したことをやっているような気になるのは避けたいもので。
    ゆめゆめ気をつけていきたいところです。

    そんなところで。
    んじゃまた明日ー。

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    川 上 ですよ

    川 上 ですよ



















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