不定期俺日記ver.2

何というか適当に。



『昨今どうよ』

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  • 2006年05月18日いろいろと

  • nik01.gif
    始めていくにあたり、昔の絵などを見ることになるというか、掃除+部屋の大幅変更をしていれば自然にそういうものを見ることになるわけですが、PC関係についてはやっぱり昔のHDDクラッシュが痛いなあ、と。

    ちなみに画像に意味はない。

    自分の形的記録が無くなるのを惜しいと思うのは、自分のクセのようなもので、だから未だに88や68、SC3000Hなどの実機を持っていたりするものですが、それでもデータというものは消えてしまうものだからなかなか難しい。
    七、八年ほど前のデータ的自分の時間はどこに行ったかな、とか。
    消える代わりにデータが持つ長所は、劣化をしないということであって、その存在は常に”出来上がり”そのままというか。
    あの始まりを告げたばかりの絵描き掲示板のデータ群も、今や保存していない人は”出来上がり”を失う事になっているのだろうかなー。
    ネットが地層的であるなら発掘すればいいけど、残念ながら平面ディスクのようなものだから、そのディスクの一部が消えた場合は、信じていくしかないわけだ。何を?
    「”出来上がり”のままでいることを」
    というか何というか。

    そして、その”出来上がり”をもって、誰でも影響しあえるというのがネットの凄さだよなあ、とか。

    あの頃、あの絵描き掲示板を見ていた理由の一つは、不思議なことに都市絵がときたまアップされるからで、ある意味エッジというか、ネット最先端な技術的なところを見に行っていたらいきなりそんな光景を見て非常に”うわあ”となったというか(この作者は馬鹿だなあ)。
    いや今でも見かけるのはレアですが、当時は世界の存亡的レアですよ。
    他、当時応援いただいたサイト(今でも健在なところありますな)も含め、どうも有り難う御座います。
    でも、ああいう最先端の実験の場にいる感覚というか、
    「エッジにいること」
    というのは、ある意味、いつだって誰だって同じだと思うのですが(自覚無いだけで、誰だって己の切っ先に立ってるよなあ、と。揺らされるかされてないかが違うくらいで)、ネットが進化と普及という矛盾を一緒にやっていくムーブメントは、特にソレを自覚しやすかった(何かをなすことが表現とイコールだった)わけで、”出来上がり”を少ないkb数でいかに自分くさい(大事だもんな)”出来上がり”にするかを皆で競っていたよな、とも。

    自分の手元には当時の”出来上がり”は無いようで。ちょっと古いマシンのHDDを復旧できるかどうかいずれ試してみようとも思うのですが、それとはもっと別で簡単で、当時の人が(自分も含めて)今でも生きているように、”出来あがり”は今だってあるし、作られているんだろうなと信じることがまず第一だよな、と。過去を探るのはその後で。

    今、実はスゴイ時代になっているのだろうなあ、と。
    blogなど、大手だったらデータは保管されているから、ほぼ消えることがないと言っていい(アーアイブもあるし)。
    だとすれば、今、何かを始めた人達を含め、世界のもう一層側には”出来上がり”が無限に広がって行っているのだろうなあ、とか。
    当時はそれこそどこかの部室のように集まっていたものが、今では世界を覆ってるだけでは足りなくなってるような気もしたり。
    エッジは情報の水平線の向こうで、少し見にくくはなっているのだろうけど、ネットの空の広さが今は見える時代だとも思ったり。
    そして自分らは、そういう広さを影響しあって拡充しあって、その影響の方向性というものが、おそらくその人がいなくなっても残り続けて消えない”その人の出来上がらせたもの”という、世界への楔なんだろうかなあ、とか。

    その事に対し、
    「影響を受ける」
    のは、匿名だろうと、どんな立場だろうと関係ないのですな。

    そういうエッジの部分に、自分が自サイト以外に関わったと言えるのはあの絵描き掲示板の絵で。今の絵描き掲示板の隆盛など見ると、ああいう場所を見ることが出来て良かったなー、とか思ったり。
    あそこで都市絵を描いてた人(ここ見てるんかな)に対して、当時の自分は作者だというのを隠してましたが、今だとどーだろ。迎合の馴れ合いは好きではありませんが、私人としての遊びはどーなのかな、とも。
    何しろその人がいなかったら絵をそこで描かなかっただろうと考えると、これも影響だよなあ、とも。この場合、どっちが一次創作者なんだろーかな的な。同じエッジにいた私人として聞いてみたくはあります(流石に引くか)。
    しかしまあ、ネットの覆面性も含めて、ここらへん、まだまだ不思議な解釈の世界がネットには多いと思います。
    不思議な世界だよなあ、と。
    これからも不思議に広がっていくのだと思います。

    ともあれそんなところで。
    んじゃまた明日ー。

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    川 上 ですよ

    川 上 ですよ



















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